ワタシの本音 技ありの人間関係

向田さんありがとう

「孤独のすすめ」や「お一人様」など「“ひとり”を楽しめるように」と言われるようになった。自立した一人は孤立とは違い、連帯もできるからカッコいい。「個をたいせつにして生きる」は物にもあてはまるようだ。

先日、右袖口を見るとカフスボタンがついてない。左袖口にはある。どこかで片方落としたのだ。お気に入りだったのでガッカリした。ところがその日、ある新聞の記事を読んで希望をつないだ。

作家の向田邦子さんは片方の手袋をなくした。もう片方を捨てるには忍びないと思っていたある日、偶然に同じ手袋の片方を拾う。届け出るが持ち主は現れずに向田さんが譲り受けた。しかし喜びもつかの間、それは残しておいたのと同じ左手用だった。と書いてあった。

私の場合は大丈夫。カフスボタンにみぎひだりはないからだ。でも見つからなかった。友人にこのことを話すと「バッジにすればいい」と教えてくれた。なるほどと思い、残った片方をジャケットの襟に付けてみるとなかなかいい。

他の友人にこのいきさつを話すと、「ペアでそろってなくてもいいよ。私は同じ型の色違いの靴を2足買って、ときおり右と左の色を変えて履いている。ほらね」と足元を見せてくれた。見事に色違いだった。色合いもよく調和しておりステキだった。

確かに近頃ではイヤリングも右と左、違う形を付けている人を見かける。カフスボタンもペアでなくてもいいのだ。

「個を大切にしながら調和する生き方」が大事なのだと気が付いた。

うちの子が小さい時に右と左、別々の靴を履いていて、私は笑ったけれど悪いことをした。着物にブーツの若い人を見るが、坂本龍馬もそうだったのだ。これからは超高齢化・多様化の社会だから、おおらかな衣の文化を育みたい。

そういえば洗濯は妻がやってくれるのだけど、私の靴下はどれもチグハグでペアはまれだ。もう片方はどこに消えたのだろうかといつも不思議だった。でもそれでいいのだ。

腹の決まった次の日、不思議なことが起きた。車のシートの隅っこにキラリと光る物がある。拾ってみると先日無くした片方のカフスボタンだった。向田さんありがとう! 正直嬉しかった。ひとつもいいけれどやっぱりペアも良い。この世の中どちらも嬉しいものなのだ。