ワタシの本音 技ありの人間関係

気づかい

ある女性の体験談。知らない初老の男性と2人でエレベーターを待っていたそうだ。ドアが開いた。自分が先に乗り込んだ。するとその男性はすぐには乗り込まないで、「一緒に乗ってもいいでしょうか?」と女性に尋ねたというのだ。

「見ず知らずの男性と狭い場所で一緒になるのは怖くはないですか」と相手に気づかわれたのである。「どうぞ」と応えると、乗ってきた。その男性は1階に到着した時も、「お先にどうぞ」と「開」ボタンを押して待ってくれたそうだ。

なかなかできることではない。少なくとも私は「乗ってもいいでしょうか」と言ったことはない。「それは洋行帰りだね」とつい古くさい表現で応えてしまったけれど、日本の男性もここまで進化しているのかと思った。話してくれた女性は気づかいをされて嬉しかったという。

家に帰ってそのことを妻に話すと、「マンションではエレベーターで男の人と2人きりになるのを避けて、男性がいるとわざと時間をおいて乗る女性もいるのよ」と話してくれた。世の中そのものが変化しているのだ。

ちょうど保育士をやっている次男坊が来たので、「子どもの場合はどうなの?」と聞くと、「子どもは、ことばは未発達なので身体の方を先に動かして行動で思いやりを示すよ」と教えてくれた。例えばオモチャで遊んでいる時に友達が来ると、隣に座れるように横にずれてあげるなどである。

子どもが人を気づかう行動はよく見られるという。目の前の人を大切にする心は生まれつきなのだろうか。ヒトの本性を調べるために1歳すぎの赤ちゃんを対象とした実験がある。手のふさがった初めて会った大人のために戸棚を開けるかどうかがテストされた。

24人の18カ月児のうち、ほぼ全員の23人が即座に手助けをした。さらに他の実験から学習やしつけとは関係なく、生まれながらにヒトは援助行動をするという(「ヒトの本性」川合伸幸著 講談社現代新書)。ヒトとして思いやりは当たり前の交流だと自覚したい。

このことを学生に伝えると、早速試した勇気ある男子学生がいた。エレベーターで女性に声をかけたという。しかし、まだ身についていない悲しさ。「の」と「な」を言い間違えた。「一緒に“な”ってもいいですか」。するとその女性に「いきなり、プロポーズですか」と返されたという。残念!