ワタシの本音 技ありの人間関係

イヌのは・なし

時代劇の決め台詞に「幕府のイヌめ!」というのがあった。イヌ好きの人には申し訳ないが、ここでのイヌはあまりいい意味ではない。「伏せる」の漢字は「人の横に犬」と書く。「イヌが人につき従うの意味」と漢語林にある。命令に従い伏せているイヌ。人に例えれば、権力につき従い自分を殺しているイヌのような人である。また、「犬侍」というように役に立たないものにイヌを付ける。

植物の名前にも多い。「イヌタデ」「イヌビエ」など。有用な植物に似てじつは偽物に「イヌ」を付ける。「タイヌビエ」は田んぼの草取りから逃れるためにイネそっくりになって身を守っている。「イヌホオズキ」の花言葉は「嘘つき」である。

近頃テレビをつけると、こんなイヌ顔の人を見ることが多くて、歯がゆい。学生諸君らにはまねしてほしくない。しかし自分の身に当てはめてみると、権力という大きなパワーにはなかなか歯が立たない。うちのかみさんの横に伏せてつき従っているイヌになっているのではないか。知らない間に偽物の自分に成り下がっていないか。

そんなことを考えていた先日、かかりつけの歯医者さんに行くと突然「歯ぎしりしますか?」と尋ねられた。「犬歯がすり減っており、奥歯も摩耗している」というのだ。それは健康に良くないというのだ。写真を見ると確かに犬歯が丸い。びっくりした。

私は映画俳優の高倉健さんに憧れてきた。健さんは「脳の刺激や咀嚼(そしゃく)力の維持」を目的に、ボクシングなどで競技者が口を守るために使うマウスピースを愛用していた。私も健さんのように「全てに耐える男」になろうと思い、できるだけ奥歯をかみしめるように心がけてきた。

ところが歯の健康には、普段から「歯と歯の間を少し開けて舌の先端を上に付けて歯に負担をかけない方がいい」というのだ。「ニコニコしている時に歯と歯は離れるからできるだけ笑顔でいること」と言われた。

自戒した。これからはイライラと歯ぎしりせずに「笑顔の生活」を心がけよう。それに犬歯が丸くなったのなら、自分の中のイヌの要素が消えたということだ。憧れてきたケンさんのような自立した本物の自分になる“ワン”チャンスかもしれない。

この発見を妻に話すと、「何を大げさなことを言っているのよ。ただの老化でしょ」と言われた。


リビング北九州2018年6月9日号掲載