ワタシの本音 技ありの人間関係

ぎしんあんき (義心暗帰)

夜の講義に向かおうと、とある大学の非常勤講師控室を出た。すると若い男性が近寄ってきた。「○○の甥っ子です。叔父がよろしくと言っておりました」。名前を出されても誰か思い出せない。ひょっとして以前勤めていた職場の関係者かもしれない。でもよくわからない。

知らないというのも失礼と思い、「アー、そうなんだ」と言ってから「よろしく伝えてください。ところであなたは今何やっているの?」と聞くと、「この大学を卒業して3年間働いたのち、今年の4月からここの大学院に入りました」と言う。

「へー。何を研究しているの?」と話しながら講義をする教室の前についた。何か悩んでいる様子なので「君、良かったらこの講義が終わったら時間取れるよ。一緒に何か食べるかね」と水を向けた。すると「えっ、いいんですか?」と言うから「ここに連絡先書いてよ」と言った。

すると喜んで「ハイ!」と返事した後、「ところで司法書士の△△先生ですよね」と言われたので、「違うよ。メンタルヘルスを講義している中島だよ」と話すと、彼はあわてて「えっ! △△先生じゃないんですか。すいません。ヒト違いしました。でも、先生の講義を以前受けました。先生の講義中の一言が僕の大きな支えになりました」と言った。つい嬉しくなって「間違われたのも何かの縁。良かったら一緒に食事するかね」と言ってしまった。

その後、ただ待つのも無駄だからと私の講義を受けてもらって、一緒に近くの食事処に行った。「経済的に大変で、あまり食べていない」と言うので「好きなものをドンドン食べなさい」といいカッコをした。悩みを聴くうちに夜も更けて最終バスに乗り遅れて午前様になってしまった。カエルの声でにぎわう水田の横をトボトボと歩いて帰宅した。

翌朝、かみさんに事の次第を話すと、「どうして知らないと最初に言わないの。仕事も大変なのに何してんの!」と叱られた。落ち込んでいたらその日の新聞でブラジルの大学総長のことばを見つけた。

「一人の成長に貢献することこそ、教育者としての最大の幸福である」。救われた。けれどふと不安になったのは、本当に△△先生という先生はいるのかしら、ということだった。

翌週知り合いの先生に、「○○の甥っ子です」と話しかけられませんでしたか、と一応確かめた。


リビング北九州2018年7月7日号掲載