ホンネ 技ありの人間関係

感情道具論

「気力は目に、生活は顔に、教養は声に、心に秘めた感情は口の周りに出る」と言われる(土門拳)。たしかに平気そうにしても、あまりの怒りに唇がワナワナと震えることがあるようだ。

感情の中でもやっかいなのは、この「怒りの感情」である。人間関係を破壊し、対話を阻害する。ある心理学の一派(アドラー心理学)では「感情使用論」を説く。人間はある目的を達成するために感情を「道具のように使用する」というのだ。「感情道具論」である。私たちは決して不用意に、あるいは発散する形で感情的になっているのではない。かなり計算して感情を使っていることになる。

怒りの感情の第一の使用目的は「支配する」ためである。つまりピストルや刀剣の代わりに「怒りの感情」を使い、相手の前でちらつかせて思い通りにしようとしているのが怒っている人なのである。

感情は道具であるが実物ではないので、いわばおもちゃのピストルや刀。子どもがおもちゃの刀を振り回すのは愛嬌があってかわいらしいけれど、大人はそんな子どもっぽいことをしてはいけない。

だから怒ったらアウト。対話に挫折したのだ。速やかに黙り、6秒がまんすることである。私は妻にカーツときたら「コ・コ・ロ・ま・る・く」とゆっくりつぶやくようにしている。

また相手が怒ってきてもビクともしてはいけない。支配されてはいけないからだ。そんな時は相手の「状態確認」が有効とされる。例えば「鼻毛がでていますよ」「ネクタイ曲がってますよ」とシラッーと相手の状態を確認して言うとお互いに余裕が生まれる。

そのほか怒りは他の目的も持つ。「勝つ・仕返し・権利を守る」である。自分が順番を守って並んでいるのに横から入る人を怒るのは、自分の「権利を守る」ためである。これも下手に感情を使わずに「並んでください」と平静に言う方が良い。怒りの感情を使い誤ると大変なことになる。

ある学生の葬式での体験である。親戚の子どもが葬儀中に騒いでいた。あんまりうるさかったので親戚のおっちゃんがつい「うるせーぞ、そこの坊主!」と大声で怒鳴りつけた瞬間、お坊さんのお経がピタっと止んだ。10秒くらいしてから子どものことだと気付いたお坊さんは、読経を再開したが、その場にいた人は笑うまいと必死に唇をかんでいた。